令和2年度 活動予定・記録

  >>平成27年以前 平成28年 平成29年 平成30年 平成31(令和元)年

フォーラム
イベント
25
中止 ・総会(オンラインにて)
25
中止  
20
自衛隊中央病院長 防衛技官 上部泰秀氏  
25
ムカイダイス氏  
28-30 金-日   熊野飛鳥むすびの里・
伊勢神宮研修
28

小野善一郎氏

 
10
24
五島浩司氏  
11
21
・荒木和博氏・増元照明氏  
12
12
・岡部俊哉氏
 
  ・防衛省年末挨拶
  ・習志野空挺団降下始め見学
23
・フォーラム  
27
・フォーラム  
27
・フォーラム ・総会準備打合せ・最終決定

 

令和2年10月24日 五島浩司氏氏

  

【橘貞雄のフォーラムリポート

 今回は、海賊行為が多発している危険水域アデン湾に2009年日本で初めて船舶の護衛活動の指揮をとられた五島浩司氏(元海将補)をお迎えして、「ソマリヤ沖・アデン湾における海賊対処活動の概要」というタイトルでお話を伺いしました。2000年代初頭から海賊行為が多発し各国が2008年から海軍艦艇を派遣日本も数々の制約のなか2009年に海上自衛隊派遣に至りました。〈麻生総理の時〉アデン湾を通行する年間約2万隻のうち約1割(2000隻)が日本関係船舶というのも驚きでしたし、紅海の入り口のアデン湾が日本の本州がすっぽり入る位の広さがあるのも改めて認識しました。この前例のない任務に対してゼロからの準備、過酷な環境下での護衛活動遂行、隊員達の健康管理に至るまで実体験を語っていただきました。

(1)最初に10分程度の解説ビデオを見ました。現場の雰囲気も含めて全体像を理解できました。甲板に純白の制服で整列する隊員と桟橋を埋める見送りの人々の出港場面のカットでスタート。見送る家族の一人一人の想いを受止めた隊員たちは凛々しい。いよいよ出港、一斉に敬礼そして「帽振れ」、アラビアに向けて長い航海が始まります。そして訓練風景、操縦室内でも防弾チョッキを着こんで慌ただしく動く姿や実弾訓練の様子…重機銃の連射と着弾を示す一連の水しぶきが生々しく戦慄が走ります。ヘリコプタ−からの機銃連射も角度があり、迫力と臨場感が凄い…〈自分の死を考えることも辛いが、「人を撃つ覚悟」、隊員教育は受けたとはいえ現代の日本の教育や世間の風潮を考慮するとそのストレスはかなりのものと推測されます。〉 
 また、漁船と海賊船は同じようなサイズの船なので、ヘリコプターから船の積荷を見ないと、見わけがつかないとのこと。漁船は網等の漁具だけですが、海賊船はスクリュウを2個つけているものが多く、獲物の船に乗り込むハシゴや銃を隠し持っているとのことです。中には漁船から海賊船に早変わりする輩もいるので気が抜けません。ヘリコプターが極めて重要な役割を果たすことが判ります。

(2)五島氏の語り口はリアルが故に現地の光景ときびきびと任務遂行に奔走する隊員たちの姿が目に浮かぶようでした。準備段階では海上保安庁、国交省、日本船主協会との情報交換・連携を十分とり、護衛行動の具体的プランを事前に国交省や日本船主協会と合意しておいたことが、現地でのスムーズな運用に繋がったとのことです。(前と後ろを固めるゾーンディフェンス) また装備品等も重要で、例えば船に大音量のスピーカー(LRAD)が必要と分かり、苦労して調達したと話していました。通告用ではあるのですが近くで使用すると身体に異常をきたす効果もあり、海賊対策には不可欠な装備だったとのことです。
ただし、現場ではイレギュラーはつきものです。日本の法律では当初「日本船籍および日本の関与が強い外国船籍の護衛」で国会承認されましたが、現場では、そうではない外国船籍から「海賊に追われている」という信号を受信したこともあるそうです。シンガポール船籍の船を助け、シンガポール政府からも大いに感謝されたという美談もありました。これに対し日本の一部マスコミからは「法律違反」と非難があったとのことです。「船員法第14条」の救助義務を盾にとってマスコミ対応をしたとのことです。〈こういう話を聞くとほんとに腹が立ちますね。〉
 護衛をされた船から多くの「御礼」の打電があったとのことです。これらを食堂に貼り出すことで、隊員達の大きな励みになりました。飛鳥Uなどの護衛は納得ですが、任務とは言え【ピースボート】の護衛は国民としては複雑な気持ちでした。
 また、補給地のジプチ市内の写真を見ると、2階建てのイスラム風建物を背にして家畜と人間が行き交う風景であり、一瞬現代であることを忘れさせます。外出した四十数名が下痢になったこともあるそうです。ミネラルウォーターも“大腸菌入り”らしく、信用できません。リフレッシュのはずの上陸は、健康リスクからひったくりリスクまで揃っている冒険のようで大変だったようです。
※ジプチ共和国はアデン湾に面し、ソマリヤ、エチオピア、エリトリアに囲まれた人口90万人の小国

(3)講演の終盤は隊員達への感謝、若手隊員の成長談や事故で日本にいる52才の父親を亡くした隊員の心情などの人間ドラマも披露いただきました。19才で参加した若者は過酷な環境下での任務を真面目に遂行し、且つジプチの実情に接することで「日本って、ほんとに素晴らしい国だと分かりました」と言えるまでに大きく成長していました。五島指揮官はその言葉を聞いて、日本の若者は教育さえきちんとすれば大丈夫なんだと確信したとのことです。父親を亡くした28才の若者は日本に帰そうとすると「帰りません」との返事。母親に連絡しても「息子がそう言うなら…。」 その息子が船内で見当らくなり全員で捜索したところ人があまり行かない船室で号泣しているところを発見。聞いてみると「出港の時に父親から『お前は誇りだ!』と言われていた」とのこと。まさに船内でのやり取りが私の脳内で映像化され、目頭が熱くなっていました。

(4)当然のことながら、50度を超える酷暑の中での訓練や任務、アフリカ大陸から運ばれてくるの砂塵のうっとおしさ、補給地ジプチの家畜と人間がともに行きかう市街地の匂い等々 実体験したものでなければ到底理解できないご苦労があったものと思います。(因みに、ジプチ港はラクダの積出港として有名とのことです)
 確かに自衛隊の護衛活動は世界から一定の評価を得ました。また、海上自衛隊としても利点は大きかったとのことです。海上保安庁と海上自衛隊発足時からのギクシャクした関係がかなり改善された事や先の戦争時に商船を護衛しなかった海軍に対し敵視していた日本船主協会との和解等大きな収穫はあったとの ことです。

 私達国民にとっては、2009年のアデン湾における海上自衛隊の活躍を誇りに思ったことを覚えています。そして現在、世界はWWU以後の秩序が大きく崩れつつあります。米中覇権争いで分かるように、新しい秩序に向けて各国が激しく陣取り合戦をしている状況ですが、日本の国家戦略が見えてきません。命の危険と隣り合わせの使命を担う自衛隊の諸活動が国民の気づきの「鏑矢(かぶらや)」になり、日本の安全保障政策のギアチェンジにつながることを切に望む次第です。  

防人と歩む会 理事 橘貞雄


令和2年9月28日 小野善一郎氏

 はじめまして。愛知県在住の山本と申します。
葛城会長とは、熊野飛鳥むすびの里や事務長を務めてます政経倶楽部名古屋支部の8月例会でご講演を賜り、そのご縁をきっかけに、この度防人と歩む会に入会しました。
 
 以前、小野善一郎先生の勉強会に参加している友人から「ぜひ小野先生のお話を聞くといい」と言われたことを思い出し、今回思い切って参加させていただきました。
柔らかく優しいお顔と表情の小野先生ですが、講演が始まりますと、圧倒的な迫力のエネルギーを放ちます。その気迫に自然と背筋が伸びました。
冒頭では、小野先生にリードしていただきながら、参加者全員で大祓詞を奏上すると、途中から体の中心(魂)が温かくなるような感じがして、言葉の持つエネルギーの凄さを感じる体験をさせていただきました。。
 大祓詞や古事記の解説、歴代天皇と国民の関係性、神道と他宗教の違い等々、日本人として踏まえておきたいことをたくさんお話してくださり、大転換期と言われる今こそ、日本人が学ぶべき内容でした。

 私は三重県の椿大神社で約11年滝行の禊をし、神道の勉強をしております。また同時にヨガの哲学や、最近では陰陽五行論を学び、本質や真理の探究をしておりますが、どの学問にも共通することは「今を生きる」です。(神道では中今といいます)

 本来の日本人は、「神々のいのちやご先祖様のいのちと繋がっている」「森羅万象と一体である」「自分の中の神様と繋がる」目に見えないけれども、脈々と繋がるいのちを受け継いで生きていることを、感じ取ることができ、大切にしてきた民族でしたが、西洋からの文化が入り、その大切なことが置き去りにされています。一人一人が「今を生きる」。目の前の一瞬を大切にすることで、心が平和に穏やかになり、世界の平和に繋がるのではないかと、講演を聞きながら思いました。
生きていれば、日々心の中から異心(ことごころ)の不安・不信、不足・不満、また罪穢れが生じます。だからこそ毎日大祓詞で異心を祓い、清らかな自分、純粋な意識になることが大切です。神道の本質「神道は祓えに始まり祓え終わる」という言葉が、漸く腹に落ちました。
小野先生のお話を拝聴し、まだまだ表面的に物事を捉えていたこと、大切なことを忘れていたと気づかせていただく時間となりました。原点回帰としてより深く神道を学び、まずは大祓詞を毎日奏上することを実践していきます。
 懇親会では、小野善一郎先生や防人と歩む会 葛城会長、ご参加の皆様から良きエネルギーをいただきました。ありがとうございます。また参加させていただきます。

山本道代

 【橘貞雄のフォーラムリポート

 今回は神道研究家であり現在渋川八幡宮の宮司でいらっしゃる小野善一郎先生をお迎えして、「時代の大転換点」という演題でお話しいただきました。一通りの挨拶が済むと、先生が先導し全員で大祓詞(おおはらえのことば)を奏上しました。会場は次第に小野節に包まれ、時折先生に神様が降りてきて《魂の叫び》となります。山ア闇斎に繋がる崎門学(きもんがく)を継ぐ一人として、この混迷の現代において「古くから日本人の心を正してきた大祓詞を奏上することで異心(ことごころ)が祓われ【カミ】と先祖の命と一体になることによって、私たち日本人はこの混迷の世界を必ず乗り越えていける」ということを熱く語られました。(初めて聞いた方は、先生のほとばしる情熱をどう受け止めたでしょうか。)

(1)ご講演前の葛城会長ご挨拶
・葛城会長が解説を担当した「[復刻版] 初等科国語[低学年版]」から戦前の「軍隊の演習」の話を紹介され ました。演習に軍人が民泊するなど地域全体で演習に係わる光景が目に映るような話でした。@演習地に向かう軍人たちへのお茶の差入れをする婦人会の面々 A遠巻き演習を見学する住民たち B演習を御叡覧する天皇陛下に恐縮し、習って上着や襟巻を外す人々(心持ち) C民泊で鉄砲などを見せてもらい上気する少年や靴下を乾かすのを手伝う少女の情景 … 

B/4
・葛城会長の話で、戦前は天皇陛下、軍隊・軍人さんそして国民の三者がごく自然に繋がっていたことを知ることができました。当時を現代と比較するなら、確かに生活や食べ物は粗末だったかもしれません。いろりを囲んだ戦前の村々での暮らしは、「現代の日本」が失った大切なものが何なのかを考えさせられる想いでした。

 ※葛城会長の話から想像するに戦前との比較で言うなら、現代の日本人に欠落しているのは「縦軸=時間 軸」感覚ではないかと思います。上に出てくる少年少女等は、多分神武天皇の話を知っていると思います。
 もちろん 天照大神やニニギノミコトも知っているし、「ヤマタノオロチ」は劇画タッチに話せたはずです。
楠木正成の「湊川の戦い」や「桜井の別れ」もおじいちゃんから聞いているかもしれません。つまり多くの日 本人は子供の時からごく自然に民族としての時間軸を会得していたと思われます。当然国家意識も醸成さ れていた。しかもその学び方が日本的で、西洋で言う宗教や哲学のように狂信的でも批判的でも論理的で もない。時間軸が身体にしみ込んでいるのだ。まさにDNA、背スジが通っていた。そんな国民だから、 庶民からなる日本の兵隊さんは強かったのだ。その強さは群を抜いたので、後にGHQは徹底的に歴史・伝 統・文化(皇室)破壊を推進したのだろう。

(2) 『小野善一郎先生ご講演』 のポイント
@先生は福島県出身で政治家を目指し政治家秘書となり連日激務をこなすが、33才の時に議員事務所で倒れ2年間の闘病生活を経験。22才当時から神道は勉強しており、縁あって崎門学正統派の近藤啓吾先生に出会い、すぐさま近藤先生のお隣に転居し、毎晩教えを乞うという熱心ぶり。
A近藤先生は日本精神の原点は大祓詞(おおはらえのことば)に凝縮しているという教え。そこには雨の岩戸あり天孫降臨がある。そして天照大神は「高天原」を地上に再現するのが望み。しかも支配ではなく“治らす(しらす)=協議し合意を得ながら進める”方法で治めるよう要請。
B小野先生は近藤先生のいう「大祓詞」を広く伝えることを自分の使命と考えその講義・講演に注力。令和元年度は年間1000回実施したとのこと。(神職として、個々の祝詞もカウントと想像)
C教えのポイントは、西洋的思想から離れて、古来日本の心を取り戻すこと。
A.西洋は二元論の世界
・一信教の神は全てを創った(大地・空、昼・夜、人間、動物、植物、自然まで)
・神がいて宇宙が動き出す→「はじめ」があるのだから、必ず「おわり」が来る。(終末思想)
・社会は支配者と被支配者で構成→王は神から支配の神託を受け(王権神授説)意のままに支配(奴隷は合法)
B.日本は一体の世界観(多神教というのは西洋的分け方で当たらない)
・天地(あめつち)は元々あった。畏きものを「迦微=かみ」と言い、【カミ】さえも自然のなかで生まれた。(≠GOD) 自分たちを産み育んでくれたものを【カミ】とした→@恵みの自然とエネルギーの太陽
A命をつないでくれたご先祖様とご両親 B稲作を指導し水田造成事業をリードし、君民一体で繁栄につなげてきた皇統への想い(共感と尊敬の感情)
・「はじめ」がないのだから「おわり」もない。
・社会は共同体志向=各自が自らの役割を大切にして、全体に貢献(差別のない役割社会)
D日本古来の考え方 
・西洋はすべて自己との対象として物事をとらえる→分析し、弱点を探し、どのように対峙するかを決める
→唯物史観へ
・日本は形あるもの・無い物全てについて自分の心に取り込んで、一体として認識する

C/4
(野球の王選手はピッチャーを敵として対象物としてみるのではなく、自分の中に取り込んでしまった時 に恐怖心が消え、自我が薄らぎ無私の状態になると、自ずからホームランに繋がるとのこと。) 
Eこれからの世界
・小野先生は、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が西洋の近代思想の行き詰まりを指摘したように、現代は時代の大転換点を迎えていると説く。私たちの向かうべきベクトルは西洋合理主義ではなく、「自我」にか
くれた「いのち」を見つけ出し、その命と一体になって生きることが求められていると。この命こそが天照大神から延々自分の祖先・父母に繋がる命に他ならないことを一人一人が自覚して時代を切り開く時であると強調されました。

 ※今回の「大祓詞」の講義の中で、文言について明治になって修正されたところが2箇所あると興味深かい指摘がありました。1つ目は中盤の「天つ罪 國つ罪」で、罪の内容部分を省略されたとの事です。もう一つは、最終部分の「罪という罪は在らじと 祓え給え 清め給え」が「〜祓え申す 清め申す」であったとの事です。
 まず、「天つ罪 國つ罪」を考察するに「天つ罪」は農業妨害の事を言います。稲作という恵みに対してスサノウが高天原で犯した罪からも分かるように、水田の維持管理について事細かに規定しているのが興味深いです。正に稲作が国家繁栄の基本だったことが窺い知れます。これに対し「國つ罪」については今回初めて知ったのですが、現代で言う傷害罪や死体損壊罪もあるのですが、近親相姦のタブーについて唱えられていたとのことです。
 近親相姦は世界各地で見られた現象です。明らかにそれによる奇形の土偶は世界中から発掘されており、人類史の初期において克服しなければならない極めて重要な問題でした。確か、旧約聖書にも記載があったはずです。 明治期に西洋諸国に対しカッコ悪いので大祓詞のこの部分をカットしたのでしょう。日本の場合古事記では「イザナギが亡くなったイザナミを取り返しに行き、その醜い姿を目撃し黄泉の国から逃げ帰ってきて《黄泉かえる=蘇る》、?筑紫の日向のアワギハラ?で禊をした際に、三貴子も生まれた」とあり、このくだりが近親相姦(兄弟婚)からの脱却を比喩的に示す箇所であろうと言われています。年代は不明ですが、縄文を代表する三内丸山遺跡が示すように500〜600人がクリ畑を擁し共同体として維持されていた事実から推測すると、縄文のどこかの時点で規範として成立したと考えられます。ただし、そのタブーとなった規範を江戸時代まで奏上していたというのは、チョッと驚きでした。多分、神道の思想が人間を特別視しなかったからではないかと思われます。人間も自然の一部であり、いつでも動物に戻ってしまう危険性を孕んでいることを忘れさせない民族の知恵だったのでしょう。

 次に「祓え給え 清め給え」ですが、小野先生の「対象を客観的に分析するのではなく、自分に取り込み一体となって知ることが神道の心」であるならば、“給え”より“申す”の方が正しいのではないかと感じました。

 小野先生は「大祓詞」を1人でも多くの日本人が奏上することで日本を取り戻す事ができると信じて邁進しており、極めて重要で素晴らしい役割を担っておられます。併せてあらゆる分野毎に日本の心を取り戻す役割をそれぞれが発揮してシンクロさせていかなくてはいけない時代であると強く感じた次第です。

防人と歩む会 理事 橘貞雄


令和2年8月28日〜30日 葛城奈海と行く「熊野飛鳥むすびの里・伊勢神宮研修」

 「海幸山幸の詩」熊野飛鳥むすびの里の動画を見て以来、いつかここに行ってみたいと思っていました。
防人と歩む会の研修旅行の案内と、支給された10万円。すぐに申し込みました。
会員でなかった私が入会をし、なぜか今この活動報告を書いています()
 
 男性7名女性3名の計10名の快適で楽しい旅でした。
 1日目 東京駅「銀の鈴」前に集合。新幹線のぞみで名古屋まで行き、近鉄線で鳥羽駅下車。レンタカー2台で移動。
 熊野速玉大社と神倉神社を見学しました。熊野速玉大社は熊野三山のひとつであり、イザナキノミコトとイザナミノミコトを主祭神としてお祀りしています。神倉神社は摂社であり、自然石を積み重ねた五百段余りの急な石段を登りつめると、御神体の巨岩コトビキ岩があります。杖をついて登った頂上からの眺めは素晴らしかった!下りはちょっと怖かったけど。
 むすびの里に到着。露天風呂に入った後は、山の幸に舌鼓を打ち、荒谷先生を囲んで楽しい宴会でした。
 
 2日目 大又川の清流で葛城会長と男性は禊を体験、女性2人は見学をしました。太陽がまぶしく川を照らし、清々しい空間の中、厳かで神聖なものを感じました。朝食後、図書室で荒谷先生のすばらしい講義を受けました。
 むすびの里を立ち、世界遺産となっている花の窟神社を参拝。日本書紀に登場する日本最古の神社で、イザナミノミコトが葬られたといわれる御陵となっています。高さ45mの巨岩が御神体で社殿がありません。
 鳥羽の宿、戸田屋に到着です。各部屋に古事記の本があったのにはびっくりしました。伊勢志摩サミットの年に、三重県知事が伊勢志摩鳥羽の宿泊施設に置くようにしたそうです。古事記は竹田研究会からのもので、英語訳も記されていました。嬉しい限りです。
 
 3日目 伊勢神宮の外宮と内宮の間に猿田彦神社を入れ、3か所を参拝して帰路に着きました。
 
 荒谷先生は、自衛隊に入隊した動機、陸海空設立の経緯、世界情勢、コロナ騒動まで幅広くお話されました。
 日本文化や伝統の破壊が進む中、自分たちの文化や様式を変えないこと。先祖に思いを馳せ、自分自身が日本の文化を実現して生きる。有効性を問わず、正しいと思ったら行動する。先生は休耕田をなくし、田んぼの景色を戻す。日本文化の神髄を体感する場むすびの里で、農業をすることが、国を守り世界を変えると言っています。
 古事記を勉強しているので、先生の言葉はとてもすんなり心に入ってきました。
 9月のフォーラムの講師小野善一郎先生は、私の古事記の勉強会の先生なのでとても楽しみにしています。
 
 今回この旅を企画運営された会長と事務局の方々には、感謝の気持ちでいっぱいです。
大変お世話になりありがとうございました。
この旅でお会いできた方々との縁を大切にしていこうと思っています。
 これからもどうぞ宜しくお願い致します。
 

猪野知子

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令和2年7月25日 ムカイダイス氏

防人と歩む会例会(7月25日)に参加して
 私はムカイダイスさんのお話を聞きたくて例会に参加をさせていただきました。私がウィグル問題に関心を持つようになったのは、昨年父に誘われて日本ウィグル協会の講演会に参加したのがきっかけでした。その後何度か同協会の集会に参加をさせていただきましたが、ここしばらくは武漢ウィルスの影響で参加ができない状況が続いておりました。当日の例会で日本ウィグル協会の皆さんのお顔をみることができてうれしく思いました。
 ムカイダイスさんのお話は、東トルキスタンの歴史、旧日本帝国陸軍が極秘で推進していた「防共回廊」、ウィグル自治区の強制収容所の実態、イスラムの世界など多岐に渡るものでした。強制収容所のお話は、これまで私が読んだ本や日本ウィグル協会の講演会で聞いた話と重なるものでしたが、「親を知らない孤児」の話や「ウィグル人はみんなが誰かを失っている」というムカイダイスさんの言葉には改めて胸が痛みました。1930年代以降、何回か東トルキスタン共和国が建国されるは潰され、1955年に中国の新疆ウィグル自治区となったことも知りました。国家があるということを当たり前のことと考えてはならないのだと感じます。「防共回廊」の話は少し難しく私には直ちには理解できませんでしたが、著者の関岡さんの本を購入したのでこれから読んでみたいと思います。ムカイダイスさんはとても優しく笑顔が素敵な方ですっかりファンになってしまいました。懇親会では私にも声をかけて下さりウィグルの詩の話をしてくれました。私がこれまで出会ったウィグルの方は皆さんとても優しい方ばかりでした。本当につらい思いをされている方たちだからこそ本当に人に優しくなれるのかもしれません。
 懇親会では中国を批判する意見が多くの方から出されていましたが、私自身この場で批判ばかり(悪口)するのはどうかと思いました。せっかくウィグルの方がたくさん来られているのですからもっとウィグルの方と交流を深める場にしてはどうかと思いました。ウィグルの方と交流できる場だと思ったのでその点が少し残念でした。皆で東トルキスタンの国歌を歌ってみるとか、どんな小さなことでもよいのでウィグル人のためにできることを1つ考えてそれぞれが実行し、次回の例会で報告しようとかいろいろなことができたのではないでしょうか。
 現在私は高校で「高校生の私がウィグル人の思いを伝える意味を問う」というテーマで学校の課題研究に取り組んでいます。今月末に全校生徒の前で発表会があります。今年は武漢ウイルスの影響で人数が縮小されることになってしまいましたが、この発表を通して一人でも多くの人にウィグル問題に興味を持って欲しいと思っています。
中野月絵

 

令和2年6月20日 自衛隊中央病院長 防衛技官 上部泰秀氏

 先日、防人と歩む会の例会にて自衛隊中央病院の上部院長の貴重なお話を聴講しました。

 今回のコロナ禍でダイヤモンドプリンセス号の災害派遣対応や、現在も感染者の受け入れなどを行っており、多大なる医療貢献をされておりますが
特にメディアなどを通じて拝見させていただた点では従事した隊員から感染者を出さない、そして院内感染者を出さないという実績があり本当に驚きでいました。

 何故こんなにも感染者を出さずに素晴らしい対応が出来るのだろうかと思っていた中で
今回、上部先生から実際のお話を伺うことが出来、自衛隊のイラク派遣での衛生改革や、東日本大震災時の災害派遣の教訓、日頃の定期的な訓練や演習の積み重ねだという事を深く知ることが出来てより感銘を受けました。

 自衛隊だからこその経験値や予測、高度な精神性など改めて自衛隊の素晴らしさを感じることが出来ました。

 私自身も昨年から予備自衛官 二等陸曹として任官し、医療関係の同期にはダイヤモンドプリンセス号への派遣依頼も来ており、より今回の話は自分事の様で大変勉強になりました。

 今後、私もいつ派遣されるかまだ未定ですが、少しでも日本の為にお役に立てるように
頑張りたいですし、併せてしっかりと自衛官としての誇りとプライドを持って訓練にも励みたいと思いました。

 まだまだコロナも感染者がいる中で本当に医療従事者の皆さんには本当に頭が下がります。
今回のお話を聴講した上で日頃の意識の積み重ねも本当に重要なので私も今できる最大限の注意を払って日々の生活を過ごしていきたいと思いました。
大変勉強になる貴重なお話、有難う御座いました。

嶋田早貴

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Eメール info@sakimori-japan.org