平成29年 活動記録

過去の活動報告 平成28年 それ以前

矢印 平成29年10月28日 河添恵子先生「北朝鮮を巡る米中露の攻防〜日本は何をすべきか」
矢印 平成29年10月11日〜13日「呉・江田島研修旅行」
矢印 平成29年9月23日 田村秀男氏「激動する世界!日本再生待ったなし!」
矢印 平成29年8月19日 「元自衛官、今ラッパ芸人による演奏と葛城奈海とのトークショー」
矢印 平成29年7月22日 荒平一也氏、清水雅彦氏「アデン湾での海賊対処の実態と今後のシーレーン防衛」
矢印 平成29年6月24日 「陸上自衛隊広報センターりっくんランド見学」
矢印 平成29年5月27日 林 直人氏「現下の国際情勢に鑑みて我が国の防衛計画の現状や如何に」
矢印 平成29年4月 1日 織田邦男氏「真の独立をするためには我々は何をすべきか」
矢印 平成29年3月 4日 矢作直樹氏「我が国のかたち」
矢印 平成29年2月25日 福本 出氏 「ポセイドンの涙〜海上自衛隊の小さな強者たち〜」
矢印 平成29年1月30日 松木國俊氏 「韓国よ、『敵』を誤るな」


■平成29年10月28日 フォーラム

講師 河添恵子先生 演題「北朝鮮を巡る米中露の攻防〜日本は何をすべきか」
河添恵子 集合
  日本と中国の現状は良好とは言い難い。1972年の国交正常化以降、日本の多くの企業は安価な労働力を求めて中国に進出していった。
 日本企業の現状に著書や、講演で長く警鐘を鳴らし続けたのがノンフィクション作家の河添恵子先生である。今回の講演は中国に対する関心と河添先生のファンで様々な年代の観客が集結した。

  講演では、写真や様々な資料を交えて視覚的に、立体的に分かりやすく中国共産党の序列や、現状について説明された。河添先生は日本では報道されていない中国の現状を、原語から読み解き我々に披露した。そして河添先生が語った意外な事実は日本では考えられないほど、中国の首脳部は外見に気を使う事である。例えば習近平等チャイナセブンは皆、背が高く、髪の毛が黒々としている。無論、カツラや増毛を施しているである。そして失脚するとカツラを取られて禿げた後頭部をテレビで晒されてしまう。内容よりも外見を重視する中国が張子の虎である現状が河添先生により暴かれて行くのである。

  1972年の2月に当時のニクソン大統領が電撃的に訪中し、毛沢東、周恩来と握手をした所謂、ニクソンショックである。その裏方に居たのは1971年に極秘訪中したヘンリー・キッシンジャーである。 キッシンジャーは毛沢東から、習近平までの中国の指導者と会っており、94歳ながら未だに米中関係に深く関与している事実に驚かされる。そしてクリントン元大統領夫妻と中国の関係はやはり衝撃的である。

  河添先生の講演を拝聴して思った事は、日本のマスコミが報道している中国の話題は表層的な事柄のみで、我々が知るべきディープな事実はベールに覆い隠されている事である。真実を河添先生のリサーチ能力によって我々にもたらされる事を喜ぶべきであろう。北朝鮮問題にしても、中国、ロシア、アメリカで駆け引きはスタートしており予断を許さない状況である。

  我々は冷静に事実を虚心坦懐に見つめ、中国と関わらず、突き放しながら情報を収集する日本人にならなければならない。会場に集結した聴衆が共有した感慨であろう。全ての日本人が目を見開き中国と向き合う事を願いたい。中国に未だに拘束されている同胞の帰還を願って。そして河添先生の言葉が正しく流布される事を祈りたい。

秋山大輔秋山大輔


■平成29年10月11日〜13日 呉・江田島研修旅行

夕暮れの桟橋 自衛隊艦船
呉・江田島研修旅行の感想である。時系列で述懐したい。

 初日は夕呉クルーズと称した軍艦巡り。先月も当会行事で、横須賀でも同じような体験をしたが、ある意味、 似て非なるものであった。呉と横須賀の街の雰囲気はまるで真逆であり、正に日本と異国。横須賀の街は、その一部とはしながらもアメリカナイズされ、更に艦船に翻る星条旗。これら現状は、様々な部分において仕方ないのだと、頭では理解しながらもつい眉を顰めてしまう。
 翻って呉の街は、伝聞通り街や人が帝国海軍、また海上自衛隊と共生している様が、在り在りとわかる。そのことだけでも日本人としてのアイデンティティーを再認識し、残る二日間の研修への期待値を弥が上にも膨らませたのであった。
てつのくじら館外観 掃海作業説明
 二日目は、まず、てつのくじら館へ向かう。退役したとはいえ、機密の塊と言われる潜水艦に、無論、一部のみではあるが、本物の内部を見学できたことは稀有な体験であった。
 また、対日飢餓作戦でばら撒かれた無数の機雷の除去、「掃海」は、戦後の帝国海軍の一大任務の一つといえ、それによって戦後日本の礎を築く端緒たりえたという事実は、もっと広く日本国民に周知されるべきではないか。帝国陸海軍の武勇伝たることで、この手のことは枚挙に遑がないが、これだけの活躍が葬りさられているかのごとき現状には憤りを禁じ得なかった。
総監部説明風景 「かが」外観
 呉地方総監部は、旧呉鎮守府であり、明治以降、いかに日本海軍にとって呉が重要であったかを、また、最盛期の呉の人口や街の様子を聞くにつけ、改めて呉に帝国海軍あり、共存共栄の歩みを伺い知ることが出来たことは強く印象に残ったものだった。
 また、艦船見学で見た「かが」は、先月の「 いずも」と同型艦ではあるが、改めてその大きさに圧倒されると同時に、大和は更に大きかったのだな等と何かどこか大和の方に想いを馳せていたところがあった。それはきっと、所謂航空母艦では無いこと、見学時に、艦載戦闘機の重さには耐えられるが、発艦の摩擦に耐えうる甲板では無い等の説明を受け、小改装で空母転用可能との自身の認識との乖離と、本来的、潜在的に世界屈指の正規空母運用能力を有し造船技術も有りながら、中途半端な空母擬きでお茶を濁さなければならない、命を賭して下さる防人の方々に、全力の発揮を許さない戦後日本の現状に対し、自衛官と自身の隔靴掻痒の感を内包していたからかもしれない。
 夜に催された旅館での宴席は、大いに盛り上がった。その旅館の歴史同様 、栄えある帝国海軍を正統に継承する、海上自衛官の聡明で力強い立ち居振舞いは、ただ酒席を楽しんだだけに留まらず、その場にいる我々全員を惹き付け、自衛官、防人斯くあるべしと強く印象づけるには十分であっただろう。
大講堂での集合写真 水交館 高松宮記念館
 最終日、誤解を恐れずにいうなれば、自身にとって一番のメインであった旧海軍兵学校、現海上自衛隊幹部候補生学校の見学があった。自らが昭和初期以前の生まれであったなら、石にかじりついてでも間違いなく目指していた海軍兵学校。戦後、海上自衛隊幹部候補生学校へ名前は変わったものの、自身にとっては海軍兵学校であり、正に聖地と呼べるものであった。校舎や大講堂は勿論、敷地内の水交館や高松宮記念館等の先帝陛下が訪れた写真等 を、現実と重ね合わせ、気持ちが高揚したものだった。更に、大講堂ではマイク不要、早口禁止ということが示すよう、隅々まで響き渡り、その威容さ、その趣たるや筆舌に尽くしがたいものだった。
 中畑第1術科学校長が、幹部候補生学校案内時に、「ここは海上自衛官士官にとっての原点である」と言い切るその姿は、帝国海軍のその矜持と伝統、その全てがそこに存在し、それを寸分の狂いもなく継承してきた自負と証左であるように、私には思えてならなかった。
幹部候補生学校全景
 あれから数日経ったが、自身が強い憧れを抱いていた旧海軍兵学校への見学は、何かこう言い知れぬ感動であり、それはたった今も彼の地に居るかの如く、微塵も色褪せることは無い。真っすぐに伸び る松の木、今まで写真でしか見たことのなかった赤煉瓦の校舎の凛とした佇まい、建物内部の階段の手摺木の光沢などからは、時の重み、ある種のノスタルジーを感じずにはいられなかった。そう、耳を澄ませば、帝国海軍兵学校生徒の息遣いさえ聞こえてくるかの如く。

 最後に、今回の研修旅行が、かくも成功裏に修了し終了したのは、後藤理事長、山口事務局長、現地の小川様、奥中様はじめ、実に様々な方々のご尽力の賜物であったことは論を俟たない。衷心より感謝申し上げたい。

工藤芳貴工藤 芳貴


■平成29年9月23日 フォーラム

講師 田村秀男氏 演題:「激動する世界!日本再生待ったなし!」


九月の講演は、産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員である田村秀男氏の御話を伺った。
経済の話は難しくて分かりにくいし私にはちょっと・・・、と思われている方が多いかもしれないが、田村氏の御話は経済の要点を押さえ、明快でとても分かりやすかった。
まず前半は経済から見た世界情勢の御話であった。
トランプ大統領は当選直後は対中強硬姿勢であったが、アップル等アメリカ企業にとって中国市場は重要ということもあり、いろいろ考えているようである。
また、中国は北朝鮮に石油支援を行っているが、これは人道的観点からやっているわけでもなんでもないとのこと。国際相場の二割増しで売りつけているというから強かである。さらに、北朝鮮はそのお金をどうやって工面しているかと言えば、お金を払う代わりに鉱山利権を譲渡しているという。北朝鮮には戦前の朝鮮総督府が調査したが未開発の石炭、ウラン、金などの資源が日本より豊富に眠っているそうだ。
国連の統計によれば、北朝鮮は人口約2500万人。GDPは170数億円(二兆円程度)で、日本の0.37%。島根県、高知県と同規模である。しかしながら、その五割を軍事予算に費やしている。国民の暮らしは御察しであるが、核兵器をほぼ手にしてしまった。それをみすみす見逃してきた。
北朝鮮の貿易の相手は九割が中国であり、中国が金体制を支えていると言えるのだが、その裏には日本の経済政策の失敗もあるという。
というのも、日本の危機というのは、北朝鮮のミサイルもそうだが、国力、経済が衰弱していること。
アベノミクスと言うのは、金融緩和による円安と株高と企業利益が連動したもの。日本全体の企業の経常利益は80兆円程。そのうち設備投資が45兆円、利益剰余金が20数兆円。アメリカは設備投資にもっと回しているのに対して、今の日本はこの利益剰余金(使わないお金)の割合が高いということであった。M&Aに備えているのも分かるが、日本で稼いだお金を日本で使わないのは病的だそうだ。
企業の設備投資を促すためにも、消費税増税は凍結すべきということであった。日経新聞が「政府は金使うな。増税せよ」と言っているが、その背後には財務省がいるという。消費税を8パーセントにしたときにGDPがガクッと下がったのを覚えていないのだろうか。
日本のGDPは530兆円程度で、民間にはまだ600兆円眠っているという。これを回せばよいということであった。
最後に、「今日の御話をまとめると、『金融緩和を続けて、増税を止めて、軍事予算をGDP比2%にする」ということで宜しいでしょうか』と質問したところ、笑いながら何とも言えない感じで頷いておられた。
とにもかくにも、経済を立て直して国力を強くしなければ国際社会ではなめられるということを感じた。
皆さんの周りを見て御覧なさい。金持ってる人間が発言力強いでしょう?それとなんら変わらないのである。
軍事・経済・外交と言うのは一体なのだということを再認識できた講演だった。
(匿名希望)


■平成29年8月19日 フォーラム

講演 トリトン海野氏 演題:「元自衛官、今ラッパ芸人による演奏と葛城奈海とのトークショー」
  


 「こんなフォーラムは初めてだ」 2時間のフォーラムの終了後、どこからかそんな声が聞こえました。 そのくらい2時間笑いっぱなしの会でした。
トリトン海野さんは、とにかく人を喜ばせるのが好きで、自衛隊が大好きで、日本が大好きな方だと、熱い気持ちが伝わってきました。 フォーラムの中では、アジアの国々が日本をどう思っているかというお話もしてくださいました。
これまで、アジアの国々から日本はよく思われていない、と思っていたのですが、そう思っているのはほんの一部の国で、ほとんどのアジア諸国からは感謝されていることを知り、そういうことこそ、もっとたくさんの日本人に知ってもらわなければいけないと思いました。 楽しく笑いながら、史実を学んだり、自衛隊の裏話を聞けたりと、大変有意義な時間でした。
いつかぜひ「トリトン海野と行く!近代史の旅」が実現されることを望みます。

秋山仁美


<落合道夫さんの感想>
昨日、トリトン海野氏の講演を聴いた。海野氏は50代の元自衛官の方で、自衛隊では落下傘部隊からラッパ手、市ヶ谷の広報まで広範な任務を体験した。

 非常に活発多能な人で退官後の現在は浅草で芸能活動をしている。来年にかけては別の仕事で硫黄島に渡航する予定があり、現地で鎮魂のラッパ吹奏を行う。
講演では自衛隊での興味深い体験談の他、実際ラッパを吹いてくれた。上手だ。ラッパには楽器、曲ともに陸軍式、海軍式がある。航空自衛隊は陸軍式だという。高齢の軍隊経験者はラッパを聞くと深い感慨があるだろう。軍隊生活では起床から就寝まで皆ラッパだったからだ。
市ヶ谷の広報担当時代には東京裁判の説明もしたが、当然愛国的で東京裁判の正当性を否定した。田母神さんには褒められたが沖縄の反日派から苦情が出た。すると防衛省内局は野党を恐れて、説明を止めさせたという。
しかし軍隊には愛国主義の価値観と思想が必要だ。軍隊は兵器の管理人ではないからだ。
それどころか思想は最強の国防の武器なのだ。だからあらゆる軍隊は自国の歴史を正当化する。
しかし自衛隊にはそれがない。これではいざという時に組織はバラバラになってしまう。正しい歴史観が必要だ。
? 1948年の米ソによる東京裁判は日本の戦争を侵略と断罪したが、その3年後の1951年にはマッカーサーが米国議会で日本の戦争は自衛戦争だったと歴史観を改めている。歴史見直しの第一号である。
これは東京裁判の否定である。大東亜戦争を自衛戦争とした日本の歴史観が正しいのだ。
NHKはまだ東京裁判史観にしがみついているが、滑稽であり時代遅れであり有害だ。これはNHKが独立前の占領軍放送のままであるからだ。
そこでNHKは解体し、国営放送を開始することが必要である。

以上


■平成29年7月24日 フォーラム

講師 荒平一也氏、清水雅彦氏 演題:「アデン湾での海賊対処の実態と今後のシーレーン防衛」
  

 今回は、自衛隊に守られる側、守る側として、民間船側の荒平一也氏、海上自衛隊元1等海佐の清水雅彦氏の御二方に御話を伺った。
舞台はソマリア沖のアデン湾、海賊対処の任務である。
湾と言っても、その大きさは日本がすっぽりと収まるほど。そのうちの東西約900kmの区間での護衛任務である。年間約2万隻の船舶が航行し、そのうちの約1割が日本の関係船だと言う。
当時は海賊船が増加傾向にあり、船員が「その海域行くくらいならこの会社辞める」というほどの場所だったそうである。

 荒平氏の御話で印象に残っているのは、実際に海賊に襲われ耐えている時に、「もう体当たりでもするしかない」という覚悟を決め、そのような態度を示したら、海賊が逃げて行ったというくだりであった。抑止力と言うことについて、そのような毅然とした態度を示すことはやはり重要なのだという示唆を与えてくれた。
清水氏の御話も、P−3C哨戒機による任務での実際の現場のことが良く分かる御話であった。
結論から言うと、「任期中は、護衛対象や、警戒監視飛行海域の船舶に、海賊には指一本触れさせなかった」ことが成果だということであった。指を触れさせてからでは遅いのである。
他にも、滞在したジブチ共和国のことや、現地の方との交流も御話し頂いた。
また、「飛鳥Uの乗客が即席で拵えた『自衛隊ありがとう』という垂れ幕をさげてくれていた」「貨物船の船員がブリッジに整列して敬礼してくれていた」など、ハンケチ無しでは聞けない逸話もあった。
これこそが自衛隊に対する一般国民のごく自然な態度であろう。
任務を終え日本に帰国した際には、空から綺麗な新緑や富士山を見ると、日本に帰って来たな、と思ったそうだ。
さらに管制官の「日本語で申し上げます。おかえりなさい。」との言葉に、隊員達は号泣したそうである。

 御二方の御話の後は葛城会長を交えた鼎談が行われた。
清水氏はその時に荒平氏の話を聞いて初めて知ったこともあった様で、情報交換の為にも民間と自衛隊の交流の場を増やしたいと提案して居られた。大いに期待したい。

 最後になるが、遠い異国の地で、自国の軍隊に守ってもらえる、守ってくれる存在がいるというのはどれほど安心なことか―。ということに思いを致した講演であった。

匿名希望




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■平成29年6月24日 イベント

6月24日(土)に行いました陸上自衛隊広報センターりっくんランド見学

おはようございます。
昨日は大変お世話になり有難うございました。
良い企画で大変満足して帰路につきました。楽しい一日でした。

早速、山口さまからお礼状も関係者に送信されており、流石、組織運営が行き届いていると感じた次第です。本当に有難うございました。。

今回、ご案内戴いた行事の中に、陸軍予科士官学校(振武臺)のツアーという文字が眼に留まり、是非、参加したい衝動に駆られました。(^o^)
何故なら、その昔、亡き父が学んだ学校であり、一目見てみようと、申し込みさせて頂きました。

父は陸軍士官学校54期生、当時の予科士官学校は、今の防衛省のある市ヶ谷台にありました。
戦争が次第に激しくなり、生徒の募集人員も増え、それに対応する為、57期生からは振武臺に移動したようです。
ブルーリボンの荒木和博さんのお父君は57期生であり振武臺組です。荒木さんの話だと57期生は校舎の建築作業まで手伝だったそうです。(まだ完成していなかった?)

父は振武臺では学んでおらず直接の関係はないのですが、当時のエリート教育の一端を垣間見ることが出来、有意義な一日となりました。
軍人教育の実態について勉強をさせて頂き、本当に有難うございました。

戦時中、短い期間に徹底した軍人としての素養を身に付け、雄々しく戦地に赴いた若者が大勢いたことを、正しく後世に伝えなくてはと感じました。

悲しい話しですが、この振武臺で学んだ57期生、58期生の青年将校の半数以上が散華されたと聞いています。
文字通り、国と家族を護る為、最前線の戦場で倒れた将兵のお蔭で今の平和があることを、自分達は決して忘れてはなりません。また、靖國の英霊を悲しむ国にしてはなりません。

蛇足ですが、当時の陸軍士官学校のシステムについて一言加えたいと思います。

士官学校に進学するには何通りかの方法がありました。
陸軍幼年学校、中学からだけでなく最後の方は実務経験を積んだ下士官まで門戸が拡げられていたようです。
父は中学校4年修了時点で陸軍士官学校を受験し、合格しました。(飛び級?)
当時の制度としては、必ず予科士官学校に入校し1年間で卒業し、戦場体験(約1年の戦地で勤務)。
その後、陸軍士官学校本科(座間)に入校し、本科卒業後に見習い士官経験を経て少尉に任官したと
あります。

当時は20歳で少尉に任官ですから、戦時下と雖も、今から考えれば若い将校です。(笑)
兵隊検査で召集された人たちと同い年です。(今の防衛大学は22歳で任官です。(笑))

予科士官学校卒業後の1年の現場実習の間に、階級は上等兵から始まり、軍曹までの昇進する制度があったようです。(階級に応じた任務を経験させる制度?)

現代と比較するのは無理がありますが、展示されていた、当時の士官学校の生徒の文章、手紙、筆跡からその当時の教育の凄さや、国防に対する生徒たちの心意気を感じずにはおれませんでした。

また、機会があればこのようなイベントに参加したいと考えています。
今後とも宜しくお願い致します。
奥本康大 拝


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■平成29年5月27日 フォーラム

講師:林 直人氏
日本生命顧問1948年北九州生まれ、71年・防衛大学(土木工学専攻)卒業、陸上自衛隊入隊。90年・米国陸軍戦略大学留学、95年・陸上幕僚監部防衛部運用課長、99年・統合幕僚会議事務局第1幕僚室長、2001年・統合幕僚会議事務局第3幕僚室長、2002年・第3師団長、2004年・陸上幕僚副長、2005年・西部方面総監、2007年に退官し現職。。(Japan Business Press より)

演題「現下の国際情勢に鑑みて我が国の防衛計画の現状や如何に」


講演を聞き
自分の国は自分たち自身で守る―。
林直人元陸将の御講演は、そういう当たり前のことを再認識させられる御話であった。
日本を取り囲む国際情勢は、もはや「今日も平和だったから明日も明後日もその先もきっと平和」とは言っていられない様である。
中国は力の空白ができるとすぐに侵略する。中国の2050年の国家戦略地図によると、日本・オーストラリア・ニュージーランドは中国の領域になっているという。恐ろしい話だ。
ロシアは力の信奉者で、約束をいかに破るかを考えながら握手を交わす。 北朝鮮はいつミサイルを撃ち込んでくるかいよいよ分からない。
「核実験はいつでもできるぞ」という強気の姿勢。
韓国は新北派の大統領が誕生し、そもそも国際常識が通じない。
そして同盟国という名の日本の持ち主、アメリカ―。
日本はこれらの国際法を守らない国々と対峙していかねばならず、その為にも防衛費の増額が急務と言うことであった。
各国の防衛費を見れば、中国は言わずもがなで、韓国ですら防衛費を増額しており、ロシアはGDPは世界で12位なのに対し防衛費は4位。対GDP比は5.4%という。
各国が自国の防衛、安全保障をいかに重要視しているかが分かる数字であった。
日本も三沢基地で英国空軍と画期的な共同訓練を実施し抑止力を働かせたりと、予算が無い中で智恵を出しているとのこと。
だが、「予算が無い中で」等と言わず、防衛費をGDP2%に倍増させ、自主防衛努力をし、アメリカに頼り切りな状況からいい加減脱してはどうか。 くしくも現アメリカ大統領は日本にそれを望んでいる。
ところが各国の人に対し実施した「国のために武器を取って戦うか」というアンケートに対し「戦う」と答えた日本の若者は最下位。 自衛隊だけではなく、国民の側の意識も変えて行かねばならない。
まずそれをやってこそフツーの自主独立した国と言えるのではないかと思った。

匿名希望

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■平成29年4月 1日 フォーラム

講師:織田邦男氏
元・空将1974年、防衛大学校卒業、航空自衛隊入隊、F4戦闘機パイロットなどを経て83年、米国の空軍大学へ留学。90年、第301飛行隊長、92年米スタンフォード大学客員研究員、99年第6航空団司令などを経て、2005年空将、2006年航空支援集団司令官(イラク派遣航空部指揮官)、2009年に航空自衛隊退職。(Japan Business Press より)

演題「真の独立をするためには我々は何をすべきか」


講演を聞き
本日、織田さんのお話を拝聴し、
いかに私たち日本人が平和ボケし、危機から目を背けているかを
改めて思い知らされました。
中国はジワジワと日本を侵略しようとしているのに、それを知っていて、それが危機だと気づいていないのか、はたまた危機だとわかっていて見ないようにしているのか…
「日本は外界に背を向け、内輪の議論に終始する」
まさにその通りだと思います。
国民がこんなふうだから、憲法も変わらず、自衛隊も動けない。
何のために自衛隊が存在しているのかと、今まで見て見ぬ振りをしてきた自分にも腹がたちました。
改めて、正しい情報を見極める力と、真実に目を背けない強さを身につけようと、決心するきっかけを頂きました。

秋山仁美

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■平成29年3月 4日 フォーラム

講師:矢作直樹氏
日本の医師、医学者、東京大学名誉教授。 神奈川生まれ。1981年金沢大学医学部を卒業後、麻酔科、救急・集中治療、内科の臨床医として勤務しながら、医療機器の開発に携わる。(WikiPediaより)
天皇」 矢作氏の多くの著書の中から今回の講演で触れられた天皇陛下について書かれた本。

演題「我が国のかたち」


講演を聞き
矢作先生のお話を拝聴して感じたことは、先人たちが命がけでつくり上げてきた「わが国のかたち」を、現在の私たちが受け継ぐことができているだろうかということです。
先生が危惧されていたように、現在の日本は危機的な状況であり、国のかたちが歪められいます。
本来、日本人は自然万物のあらゆるものに神が宿ると信じ、目に見えないものの存在を魂で感じて手を合わせ感謝してきました。
しかし、今、多くの日本人が感じる力が弱くなったように思えます。
それは、「古事記」などの日本神話や「天皇と皇室」など日本人の起源や正しい国の歴史を家庭や学校教育で教えられなくなったからです。
日本は、古来より「祈りの国」「天皇のしらす国」です。たとえ、天皇陛下の御姿が見えなくとも、陛下が私たち日本国民の為に祈りを捧げられている御姿を想像することはできます。
一人一人の心の中に、天皇陛下がいらっしゃること・・
これこそが、「わが国のかたち」ではないでしょうか。
先生がおっしゃる「今、ここ」とは、今現在を生きている私たちだけではなく、遠い祖先から続く命の流れが今も同じ空間の中で生きているということだと思います。

私たち個人の命には限りがあります。
しかし、「人は死なない」

なぜなら、国の命が永遠に続く限り、この大いなる命の流れの中で受け継がれたきた日本民族の魂は生き続けることができるからです。

これからの「わが国のかたち」をつくるのは私たちです。
100年後、200年後、それ以上の未来に生きる我々の子孫が、日本に生まれたこと、そして、日本人であることに誇りが持てるように、これから自分に与えられた役目を果たしていきたいと思います。
中村路佳

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■平成29年2月25日 フォーラム

講師:元海将 福本 出氏
防衛大学校卒(28期)昭和59年海上自衛隊入隊。掃海艇艇長、掃海隊司令、トルコ防衛駐在官、呉地方総監部幕僚長等を掃海隊群司令、海上自衛隊幹部学校長を歴任。現在、石川製作所 取締役 東京研究所所長、国家安全保障局顧問。

演題「ポセイドンの涙〜海上自衛隊の小さな強者たち〜」
 

講演を聞き
今回初めて東日本大震災でのご遺体捜索の裏側を知りました。
高校や大学を出たばかりの若い隊員を励ます先輩自衛官の話がとても印象的です。また気仙沼大島の小中学生の卒業式を艦内で行った話もとても感動しました。自衛官のみなさんの被災者への心遣いと、危険を顧みない勇気ある行動には本当に頭が下がります。
これからどんな災害がまた起こるかわかりませんが、いかに自分が被災者にならないかも大切だと思いました。被災者が少なければ自衛隊のご負担も少しは減らすことができると思いました。災害に備えた訓練や体力作りが必要だと感じました。
今回自衛官のみなさんの日々の訓練のおかげで多くの命が助かり、多くの人が勇気をもらっていることを知りました。いつも本当に有り難うございます。
色希

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■平成29年1月30日 フォーラム

講師:松木國俊氏
日本の実業家、朝鮮問題研究家。朝鮮近現代史研究所所長。「調布史の会」世話人、日本会議東京本部調布支部副支部長、新しい歴史教科書をつくる会三多摩支部副支部長を務める。(WikiPediaより)
 今回の演題と同名の「韓国よ、「敵」を誤るな!」を昨年6月に出版。

演題「韓国よ、『敵』を誤るな」


講演を聞き
韓国を突き放すことは、朝鮮半島の赤化を助長してしまい、 国防的に不利だという意見を耳にします。
しかし手足を縛られた自衛隊では、相手に手の内を見透かされて 朝鮮半島を緩衝地帯としたくても思うように行かないのが 現実ではないでしょうか。
松木先生の話を伺い改めてそう感じました。 世界が新保守の時代に動く今、日本人は戦後70余年の眠りから 目覚めるときが来たのだと思います。
-- 網谷 郁子拝

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TEL 090-4539-3117
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