(R.3.11.05記)
安全保障の基礎T
                           防人と歩む会 顧問(前理事長) 渡邉秀樹

 衆議院選挙の結果改憲勢力が3分の2を超え、国会でも憲法論議が高まる気配を感じます。防衛大入
校以来自衛隊違憲論に悩まされてきましたので、自衛官として勤務する上で自分自身が納得できる憲法
解釈を求めてきました。政界や学会あるいは国民一般の解釈とは異なり、異論があるかもしれません
が、自分なりの解釈を述べさせていただきます。

1、国際法から見た憲法解釈

 日本の憲法学者というものはまるで国語学者のようで、日本語の字句の意味だけにこだわって憲法9
条を解釈しようとします。戦争というものは国際間の事象ですから、安全保障に関する用語は国際法を
背景に解釈する必要があるのではないでしょうか。

(1)戦争の種類

 戦争放棄について、憲法9条は「国際紛争解決のための」と限定して戦争を放棄しています。それは
全ての戦争を放棄するのではなく、戦争には「国際紛争解決のため」以外の戦争があることを示唆して
いて、そちらは放棄しないことを意味しています。

 国際間では、遠く1907年に、「契約上の債務回収の為にする兵力の制限に関する条約」によっ
て、「国家間の金銭上の原因に基づく武力的衝突」を禁止することが決まりました。これが、戦争違法
化の始まりですが、やはり武力衝突の原因を限定して禁止していました。

 ところが、条約があるにもかかわらず1914年に第1次世界大戦が勃発しました。条約が禁止して
いる原因ではなく、アフリカや東南アジアの植民地争奪で対立していた諸国がオーストリア皇太子のセ
ルビア人による暗殺を契機として戦争は始まりました。

 その反省から、1918年に人類は違法とする戦争の枠を拡げ、「国際紛争解決のための」戦争を禁
止するパリ不戦条約を結びました。この条文は憲法9条とほぼ同じ内容です。また、これを保障するた
めの国際組織、国際連盟もできました。

 ただし、米国政府公文によって、「自衛」する権利は国家固有の権利として禁止されないことが合意
されました。つまり、戦争には国際紛争解決のための戦争と自衛戦争とがあり、前者は違法だが、後者
は合法ということになりました。また、この条約に違反した戦争が始まっても国際連盟はそれを止めさ
せる仕組みを持つには至りませんでした。

 不戦条約があるにもかかわらず再び世界大戦は起こりました。国際連盟を脱退して参戦した日本も、
1941年の大東亜戦争開戦の詔ではっきりと、自存「自衛」のためと謳っていますから、当時として
は合法的な戦争を始めたに過ぎません。しかし、第2次世界大戦は人類に耐えがたいほどの被害を与え
ました。

(2)自衛戦争の違法化

 人類は再び反省し、自衛戦争の違法化に取り組みました。さらに、違反した場合の制裁措置も考えま
した。それが1945年の国連憲章です。
 まず、国連加盟国は国際紛争の解決を国連安保理事会に委ねることにして、加盟国同士が自分たちで
解決することを禁止しました。仮に、侵略行為があって自衛の必要があっても、被侵略国はそれを国連
に報告するだけで、いかなる措置をとるかは国連が決定することにしたのです。

(3)制裁戦争

 侵略行為があるとの報告を受けた国連は、まず兵力を使用しない措置で平和の回復を図りますが、そ
れでは不十分と認められるときは兵力を使用する措置もとれることにしました。国連による兵力使用
は、主権国家間の戦争とは違います。国連が侵略国に制裁を加えるという性質の戦争です。ここに新た
に制裁戦争という種類が生まれました。そして、この仕組みを集団安全保障措置と言い、集団安全保障
は加盟国が義務とし執行すべきものです。

(4)自衛権は時限的な権利

 国連が制裁戦争を決めても、国連には常備兵力がありません。各国から集めるのですが、時間がかか
ります。その間、侵略国のしたい放題にさせることはできません。そこで、国連が動き出すまでの期間
だけ、被侵略国が自衛することを認めました。即ち、自衛権は時限的な権利なのです。

(5)集団的自衛権

 自衛すると言っても、一国だけで自衛できるとは限りません。ここに集団的自衛権という概念が生ま
れました。友好国の援助を得て共同で防衛する権利です。ところが、集団安全保障と訳語がよく似てい
ますから両者を正しく理解している人は少ないようです。集団的自衛権ではなく、友好国との共同防衛
権とでも翻訳すれば混同せずに分かりやすかったかもしれません。

(6)憲法9条

 日本国憲法が施行されたのは、国連創設の翌々年1947年です。まだ占領下にあって国連には加盟
できませんでしたが、当然ながらGHQも日本政府も国連憲章を知っていて憲法を制定したと思います。

 したがって、憲法9条が放棄しているのは字句通り日本国と他国との間の利害の衝突によって生ずる
国際紛争を解決するために日本国が行う戦争のみであって、国連憲章が認める時限的な自衛戦争(共同
防衛=集団的自衛を含む)及び国連加盟国の義務である制裁戦争への参加は放棄していないと解釈でき
ると思います。

(7)憲法の不備

  憲法が時限的に一国でまたは友好国と共同して自衛戦争を行うこと及び国連加盟国の義務として集
団安全保障へ参加することを禁止していないことは分かりました。しかし、それを執行するための組織
について何も定めていないのは決定的な不備です。

 これからの憲法論議は自衛隊が合憲か違憲かの論議は済んだことにして、自衛隊を憲法上どのように
位置づけるかを議論することが望ましい。
 なお、交戦権とは国家間の利害の衝突を武力に訴えて解決してよいことを認めていた権利のことで、
人類が国際紛争解決のための戦争を放棄した時点で消滅した権利ですから、憲法で言及する必要はない
と考えます。


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